禁区

連休三日目の朝、我が激安物件の隣部屋に住む女性の鼻唄が朝イチから聞こえてきた。今時の若い人の音楽はわからないが、三曲目のメロディーには聞き覚えがあった。

戻りたい
戻れない
心うらはら

中森明菜往年のヒット曲だった。築二十余年の木造アパートなので床が鳴るし、隣人の行動が丸分かりだ。勿論、私の行動もその気になれば捕捉されてしまうことだろう。

無くて七癖とは言うが、その女性の鼻唄は入居数カ月にして初めてだった。彼女に一体何が起こったと言うのか。謎はその後すぐに解けた。

男がやってきた。

男の訪問は予期されたもので、彼女は待ち切れなかった程だったという訳である。男本人も知らないところで無駄にイイ話ではある。二人はしばらく雑談をすると何処かへ出掛けていった。学生か勤め人か知らないが、楽しい休日を満喫して欲しいものだと願わずにはいられない…とか思っていたら、二人は意外と早く帰ってきて、身体も洗わずに愛の交歓を始めた。男が落ち着いた声で尋ね続けている。

「〇〇〇?」
「わふうぅ」
「〇〇〇?」
「ひいいぃ」

この応酬が延々と続くのだが、男声パートの語尾は一貫して疑問形だ。さすがに男が何と言っているのかまでは聞き取れないが、おそらく強度は適正か?位置はどうか?というような内容なのだろう。実に民主的である。立ち聞きなどよせと言われても、それはできない相談ね。