圧力鍋とジンギスカン

豚の角煮が短時間で作れるらしいということで、圧力鍋を買ってから随分になる。先に買ってあった単純な両手鍋が使い易くて大活躍なので、圧力鍋は二番手の座に甘んじているばかりだった。両手鍋でパスタを茹でている時に、レトルトのソースをパックのまま温めたりするくらいだった。この使用法に特化すれば、軽くすすぐ程度でよく、わざわざ洗剤で洗うまでもないからである。圧力鍋にしてみれば、さぞかし不本意だったろう。

言うまでもないことだが、圧力鍋には密閉度の高い蓋がついている。内部の圧力を高めることで食材に火が通り易くなるという文明の利器である。詳しい理屈は解らないが、空気の薄い高山では料理がしづらいということの逆パターンではないだろうか。煮る、蒸す、焼くは言うに及ばず、米を炊くこともできるらしい。これを使いこなせば、料理のエキスパートになれる。時間とやる気さえあれば…。

日曜昼間の家飲みは際限がない。スーパーでつまみにする肉を物色していたら、冷凍のラム肉が売っていた。自宅でジンギスカンとは何とも素敵なことだ。我が人生のエポックメイキングである。自宅に帰り、主食の日本蕎麦をかき込んだ。すき腹で暴飲はよくないだろう。初の試みとして揚げ玉をからめたのは大正解だった。

いよいよジンギスカンに移行するが、冷凍肉を直接焼くのはいけないんじゃないか、という気がした。確証があるわけではないけれど。そうだ、圧力鍋で解凍しよう。時間を節約するために、鍋底に給湯器のお湯をはり、三脚と中子をセットした。中子に肉を置いて、今度シューマイや肉まんもやってみようとか考えながら蓋を閉め、ロックした。iモードで加圧時間等は調査済みである。その名が示す通り、圧力鍋の内部には凄まじい圧力がかかっている。不用意に蓋を開けたりすれば、熱湯、食材、蓋などが周囲に飛び散ることになり、大変危険だ。くれぐれも注意するように、と説明書に書いてある。このことが本格使用に慎重にならざるを得なかった理由になっていたことも事実だ。加圧中に騒音がするタイプの圧力鍋もあるようだが、ネット上のクチコミ情報を参考にして選んだ鍋だけあって、実に静かなものである。

我が激安物件には、電気コンロが一口あるきりだったので、卓上IHヒーターを買った。ヒーターのタイマーには解凍に必要な時間が入力してある。全ては私の目論見に従って動いている。さっき日本蕎麦を茹でた両手鍋を洗い、ラム肉の受け入れ態勢はできた。このメインの両手鍋はフッ素加工がしてあるので肉を焼いても焦げ付きにくい。フライパンの代わりにも使えるのである。圧力鍋の減圧が完了して、パチンと音がした。蓋を開いても安全である。後は卓上IHヒーターで解凍した肉を焼きながらドラフトワンを好きなだけ飲めばよい。

ロック解除の後、蓋を開けて、私は我が目を疑った。これは一体どういうことだ。

ラム肉は解凍どころか、既にすっかり蒸し焼きになっていた…。小さい欠けらを口に含んでみたが、中まで完全に火が通っている。肉を焼きながら酒を飲むという計画は失敗に終わった。両手鍋で焦げ目だけでもつけようか、とも思ったが、それだけのことで洗い物を増やすのも癪だった。タレからめて蒸し肉を食べた。確かにラム肉はラム肉の味だが、なんとも白けた気分である。煙や匂いが防げてよかったじゃないか、と無理に考えることにした。

「さあ、これから」と思ったらもう仕上がっている。圧力鍋の実力には計り知れないものがある、と認識を新たにした。勿論、時間を短くして解凍には再度挑戦する。ラム肉はまだ半分残っている。