キャシー・マクドナルド入門

junks22009-10-20

ニルス・ロフグレンという好きなギタリストがいる。長いキャリアの中でもニール・ヤングブルース・スプリングスティーンとの共演活動が特に名高い。実はローリング・ストーンズのメンバー候補になったこともあるらしい。彼は最初、グリンというバンドにいた。grinとは「歯を出して笑う」という意味である。最近日本にも似たような名前のバンドがあるが、メンバーが歯医者のたまごばかりなのだそうだ。なるほどね。

グリンはとても地味なバンドだが、アルバムは三枚目、最後から二番目の"All OUT"が頭抜けていると思う。リーダーのニルスはピアノも上手い。全編に渡って鳴り響くホンキートンクピアノが印象に残る。これを聴いていると夢のような時間が過ぎていく気がする。かれこれ20年以上のおつきあいになる。ピアノと並んで、主役を押しのけるかのようなキャシー・マクドナルドのバックボーカルも後を引く。まったりとしていて、それでいてしつこい。後半に進むにつれてほとんど彼女が主役になっていくようなものだ。想像の域を出ないが、この作品はスタジオライブに近い形で録音されたのではないだろうか。明らかにオーバーダビングしている箇所もたくさんあるけれど。

キャシーはバックボーカル、コーラスで数限りない作品に参加しているが、満を持してのソロデビューアルバムが1974年の「精神病院"INSANE ASYLUM"」である。当初日本版LPは「精神病棟」として発売されたが、2001年にCD再発された際に「精神病院」と改題された。隔離するかのようなニュアンスが芳しくないという配慮なのかもしれない。LPもCDも現在では廃盤である。ネットオークション等では高額で取引されていて、とても手に入りにくい一品だ。日本だけのことなのかもしれないが、ハイテンションな女性ロックシンガーは、たいていジャニス・ジョップリンと比較される。それしか例えようがないのか、というくらい。マリア・マッキーのライナーにもそのようなことが書いてあって閉口した記憶がある。ジャニスとマリアでは、過激派は過激派でも、中核派大日本愛国党くらい方向性が違うと思うのだが…。ロック評論というようなものは一般のジャーナリズムに比較して、とても狭いマーケットなので、そのような手抜きでも商売が
成り立つのだろう。ご多分に漏れず、この「精神病院」の解説にもジャニス・ジョップリンがどうのこうのと書いてある。うんざり。私には彼女がアン・ウィルソンと白木みのるブレンドした上にブルース・フィーリングを目一杯注入したシンガーに思える。ゲストミュージシャンは件のニルス・ロフグレンニール・ショーンスライ・ストーンなどなどの豪華な顔ぶれだ。アメリカン・ロックの良心と狂気に同時に触れるかのような至福のサウンドがここにある。ラップみたいなのばかりを聴かされている今のアメリカの中高生がかわいそうだ。

キャシー・マクドナルドは1999年になって"ABOVE AND BEYOND"というアルバムを出している。これは日本で発売されていない。この中の"SOULFUL PRAYER"という曲の神々しさは凄まじいものがある。保守思想とは一体何だろうと思った時にはこれを聴くといい。連綿と編み綴られる人々の営みのイメージが圧倒的な説得力で伝わってくる。やりちゃんの好みに合ういい感じの熟女ぶりである。なにしろドスが効いている。関係ないけど、スティービー・ニクスは若い頃から熟女だった。このCDは「精神病院」よりもずっと手に入れ易いので興味がある方にはお薦めだ。更に言うなら、グリンの"ALL OUT"はもっと簡単にアマゾンなんかでも買える。私には「精神病院」のキャシーよりもむしろこちらの方が伸び伸びと唄っているように感じられてならない。別にベスト・パフォーマンスがソロ名義でなければならないという決まりがあるわけじゃないだろう。ロックはもともと自由な音楽なんだから。